「まちだで好きを続ける」|町田市シティプロモーションサイト

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LET’S GO! ZELVIA!

下田北斗選手と前寛之まえひろゆき選手が明かす
ACLEでの激闘
「帰国後何を食べてもお腹を下して…」
サウジの裏話から
町田の好きなお店、昔話まで

更新日:2026.05.28

下田北斗選手
前寛之選手

J2時代を知る数少ないメンバーでもある下田北斗選手と、在籍2年目となる前寛之(まえ ひろゆき)選手が登場です。2026年はACLE(アジアチャンピオンズリーグエリート)にチーム初挑戦で見事準優勝。そしてJリーグ百年構想リーグという半年間で行われる通常のリーグとは異なるルールで行われる特別リーグとも並行して戦うという過酷なシーズンでした。その終盤に、今シーズンの振り返りと海外滞在時の裏話、神奈川出身の下田選手のサービス精神あふれる町田トーク、子どもたちへの「好き」を育むヒントまでたっぷりお話を伺いました。(※インタビュー実施日は5月上旬)

町田ってどんなまち?
Jリーグのチームと地域の印象は?

――FC町田ゼルビアのホームタウン“町田市”はどういう印象でしょうか? 

下田北斗選手(以降下田) 神奈川出身だし、FC町田ゼルビアにくる前も、学生時代に町田駅は降りたこともありますよ。昔はちょっとヤンチャなまちかなってイメージがあったけど(笑)、試合もそうだし、毎日のように練習でこのあたりで過ごしている中で、今はそんなイメージ全然なくて(笑)、まちの人はみんな優しいし、あったかい雰囲気って思います。スタジアムも家族連れが多くて、なんかこうトゲトゲしてないというかアットホームですよね。アウェーで行く他のスタジアムで、結果をすごく求められるような雰囲気があるところもあるけど(笑)。俺が入った頃は特に優しい雰囲気でしたね。

前寛之選手(以降前) 試合の中でブーイング少ないのが優しいかといったら、あれですけど、家族連れの応援も多いからなのか、他のサポーターさんと比べても、町田のサポーターさんたちは、優しいイメージがありますね。逆に町田はどういうまちか、来るまで全然知らなかったですね。他のチームにいたときにアウェーの試合で来ても、まちへ出かけたことがなくて。

――前選手は、ちなみに移籍前に町田っていう土地はご存知でしたか?

 いとこが南町田にいたので、グランベリーモール時代に来たりもしてて、なじみは少しだけありました。全く知らないっていう感じではなかったですね。

――町田市も東京の端っことはいえ、東京。もしや東京ということも来てくださった理由の一つのだったら嬉しいなと思ったのですが…?

 移籍するなら関東か関西かって思っていたので、そこも理由の一つにはなりましたね。

――市内で、訪れたことのある場所があったら教えてください。

下田 町田駅周辺で買い物行く時もありますし。町田で好きなハンバーグ屋さんがあるんです。“シャーロックホームズ”。川崎フロンターレ時代にも行ってました。行く時はだいたい何人かで行くので、ソースを何種類か頼んで、みんなでシェアしてますね。町田のお店といったら“シャーロック”推しで!

――前選手も行ったことありますか?

 ないです。初めて聞きました。有名ですか?

下田 え?オレだけ?(笑) 

――いえいえ!町田、多摩地域では有名だと思います。

 (笑) みなさん知ってる有名店っていう感じなんですね。

下田 あと、小さい頃にあの小籠包(仲見世商店街の小陽生煎饅頭屋(しょうようせんちんまんじゅうや))のお店も、行ったことありますよ。小田急線で出かける時には町田に、という時もあったかな。あとは横浜。

――東京方面も、横浜方面もどっちも出やすいんですよね、町田は。

 確かに。

下田 町田でどこか行ってない?

 いやぁどこも行ってない。どちらかというと都心の方に出かけてて。そういえば、町田で気になる焼肉屋さんは見つけて、行きたいなと思っています。スマホにメモしてるんです。駅の近くで…

下田 あとラウワン(ラウンドワン)とかも行きますよ。

 そういうとこ行くんですね!? 

下田 こっちきてからね。奥さんと一緒に行ったり。メダルゲームやりましたよ(笑)。ボウリング…は町田ではしてないかな。でもそういうとこ行きますよ。

 あの、ブックマークしてる焼肉屋さん見つけました。「焼き肉 うしの絵」でした。いずれ訪問したいなと思います。

――前選手はS NSを拝見しているとご家族でカフェによくいらしてるイメージがあります。

下田 インスタで見てるとよく行ってるよね。おしゃれ。

 俺もまぁ好きなんですけど、奥さんがそういうお店を巡るのが好きなんです。家にずっといるっていうよりは、出かけるのは好きなので。練習から早く帰ってこられる日は出かけることが結構多いかなと思います。

下田 他にもこのスタジアムの近くにも、おしゃれなカフェありますよね?池、池のそばの…

――薬師池公園西園の44アパートメントですね、それは!

下田 そこ行ったことあります。薬師池も行ったことあります。オレの方が町田歴が長いからね(笑)。

 堪能しないといけないっすね、町田も。

下田 あとグランベリーパークも。なんか黒田監督がいるってウワサも…

 …聞きますよね(笑)

下田 ちょっと怖いよ、オフに出くわすのは(笑)!見かけたら逃げる(笑)!

――FC町田ゼルビアでの応援の声って、おふたりにはどんなふうに届いていて、どんなふうに感じていらっしゃいますか?

 応援が優しいのもあるし、絶対的に変わってきているのが、観客数。僕が来る前と所属してからのイメージを考えると、観客がこんなに多いんだ、増えたなっていうのが、結構印象に残ってますね。

――この前のホームの試合(5月6日V S横浜F・マリノス戦)も、ほぼ満席でした。

下田 めちゃくちゃ来てくれましたよね。逆に僕たちはサッカーしてる“だけ”って言ったら、変な言い方になりますけど、皆さん的にはどうなんですか? ゼルビアの盛り上がりみたいなのを感じるものなんですか?

――(一同大きく頷く)今はバックスタンドまで声が出て盛り上がっていますし、J1に上がってからの観客数の増え方は実感しています。

(スタッフ) 先日初観戦して思ったことが、子ども連れが多いなぁと思ったのと、電光掲示板にチャント(応援歌)の歌詞が出たので、初めての人でも歌詞見ながら歌えるってすごいいいなって思いましたね。歌詞見ながら応援できたのは、すごくいいポイントでした。

下田 確かに。

 それなら歌えますもんね。

下田 去年くらいかな? 俺も“実はこういう歌詞だったんだ”と思って。(ゼルビア広報スタッフに)わかるでしょ?

(ゼルビア広報スタッフ 頷く)

下田 僕らも歌詞までは詳しくわかんないんだけど、電光掲示板を見たときに、こうやって言ってたんだ、なるほど!って思いました。音楽でもそうですが、メロディだけで自分の頭の中で鳴ってるような感じだったけど、歌詞見て“こうやって歌ってたんだ”って思ったことありました。

――チャントと言えばなんですが、この横浜F・マリノス戦の時、お昼にFC町田ゼルビアジュニアユースの試合が、近隣の小野路グラウンドであったんです。そこでもサポーターさんたちが拍手だけじゃなくて、トップチームと同じチャントを歌って応援してくれていたのを見たんです。その後、皆さんギオンスタジアムへ足を運ばれていて。

下田 ジュニアユースからそうやって応援してくれてるのは、すごく嬉しいね。そう、試合出ている子どもたちにとってもね。

 つながってる感じがいいですよね。

下田 それにしても、とにかく増えたんですサポーターは。

 ほっくん1年目の時より?

下田 いやいやいや、もうレベルが違う。

  本当ですか。でも言うても3年前ですよね。

下田  今でも覚えてるけど、1年目の時の開幕戦のお客さんが8000人ぐらいだったんだよね。ベガルタ仙台が相手で、結構仙台から来てくれて、監督も“こんなに入るんですね”って言っていたくらい。監督も高校サッカーの人だったから、こんなに多くの皆さんが応援してくれるんだって実感したんだろうなって感じだった。でも、次のホーム戦、2節のザスパクサツ群馬だったかな。3000人くらいだった。開幕戦との人数差を見て“やっぱり継続してたくさんの方に来てもらうのは簡単じゃないな”って思ったんだよね。けど、勝ったり、注目してもらえるようになって、めちゃめちゃお客さんが増えて。その頃に比べたらもう、想像つかない状況ですよ。その頃、サポーターさんもゴール裏じゃなくて、バックスタンド横で応援してたんじゃなかった? J2からJ1へ昇格して、いい選手もきて、本当にチームもすごい強くなってるし。すごい成長スピードだと思いますね。

ACLEの決勝戦を振り返って。
サウジアラビアでの経験と次なる目標

――前選手は移籍を決断されるときにACLEへの出場も大きい理由だったのでしょうか?

 そうですね。まあ年齢もそうですけど、トライできるのなら経験したいなと思って、決断しました。間違いなく移籍への一つの理由だったと思います。

――ACLEについて振り返っていただければと思います。開催地がサウジアラビアということで、皆さん時差がきつかったっていうことを、インタビューなどでも拝見しましたが、いかがでしたか?

下田&前 いや、帰りは結構キツかったですね。キツかった。

 サウジに着いてからは試合まで何日かあったから、調整できてよかったんですけど、帰ってからは…。あっちのリズムになってるから、夜中にパッと目が覚めたりするんですよ。

下田 コンディション面を考えて、帰国してそのまま千葉へ移動したんだけど。気持ち的には家に帰りたかったので、帰れないのもきつかった…

 サウジの時間で食事を摂ってたので、帰国してからもまだ内臓はサウジ時間での動きをするから、もう何食べてもすぐお腹下したりとかありました。腸が動いてないのに食べ物が入るからなんですけど。体調的にはそういう違和感がありましたね。

――向こうに行って慣れるよりも、帰国後に戻すのが大変だったんですね。

下田 時差的にはそうみたいで、スタッフからはそう言われていました。行く分には問題ないって。

 そうですね。行く分にはそこまでって。

――今はもう時差は大丈夫ですか?

下田 はい、もう1週間ぐらい経ってるんで大丈夫です。

――それにしても、あのACLEの決勝の会場はすごかったですね。6万人の観客ほぼ全員が相手チームの応援をするという状況でした。実際どんな感じだったのでしょうか。

下田 あれはもう今後経験できないんじゃない。

 ないっすねー。

下田 あそこで試合しない限り、もう経験できないと思いましたね。6万人って観客数だったら、日本でもカップ戦ではあったりするけど、観客全員が指笛鳴らして、ブーイングしてくる感じは日本では、ないね。

 日本でも応援団みたいなのあるじゃないですか。あれがもう全員っていうくらい。あれすごかったな。

下田 声もすごかった。この距離でももう相手の声が聞こえないぐらい。

――そんな中、ピッチ上ではどうやってコミュニケーションをとっていたんですか?

 ほんともう近くに行くか。

下田 耳元で喋る。あとは何となく…(笑)

下田&前 ジェスチャー(笑)

下田 いやぁ画面越しからではあれは伝わり切らないと思いますよ。

 伝わらないと思います。感じないと。

下田 行ったらわかる。ヤバさが(笑)。ほんと最初、ウォーミングアップでピッチに入った時、すごすぎて笑っちゃったよな。

 すごかったすね。藤田さん(ゼルビア社長藤田晋さん)も、なんかもうびっくりしましたみたいな感じでコメントしてたんで。

――ペットボトルから鍵まで、ピッチへ目がけていろんなものが投げ込まれているのが画面からもわかりました。

下田 すごかった。

 日本では感じられないものでしたね。

下田 鍵とか(笑)

 帰りどうする(笑)

下田 ほんとまち歩いててもね、車の中からも携帯を常に向けられて撮られるし。

 撮ってくれってよく言われましたね。

下田 わざわざ僕らの横を車で通り過ぎてまた戻ってきて、おまえらマチダか!って言われたり。それくらいサウジの人たちのサッカー熱がとにかくすごかったです。

 あと、通り過ぎるときにクラクション鳴らされる。

下田 クラクション文化なんですよ。

 なんかあるごとにクラクション(笑)

下田 いやー面白かったね。

 2週間もいると、やっぱりこっちも慣れてくるし、面白かったですね。

――ACLEも終わり、百年構想リーグも終盤。振り返って現在の心境教えてください。

 今年の…なんだろう。一番はやっぱりACLEでしたから。タイトルを取れなくて、残っているものを取りに行くことを考えると、現実的には、やっぱり鹿島は結構遠いですけど、目指さないといけないかな、というのがあるので…。リーグ戦、最後までやり切りたいって感じですね。

下田 そうですね。ACLEのタイトルを取りたかったけど、自分の実力不足とも感じたし、なんだろう… まあ、もっとできることあったかなって思うこともあるので。ふだんプレーしているJリーグとは、やっている舞台が違うので、なかなか還元しづらくて、ちょっと難しいところもあるんですけど、しっかりJリーグで生かしていきたいですね。いい選手もたくさんいますし、リーグ戦もまだまだ諦めてないというか、ここでしっかり戦うことで、来期にもつながっていくと思う。みんなが本当にふだんの練習からしっかりやれているので、このサウジでの経験をみんなでつなげて、より良いものにしていきたいです。

サッカーやスポーツに励んでいる子どもたち、
そして親御さんへのメッセージ

――サッカーをはじめ、スポーツや何かを頑張っている子どもたちが多くいます。最後に、ご自身の経験から小さい頃、親御さんはどんなスタンスで見守ってくれていましたか?

下田 どうなのヒロの家は。厳しかった?兄弟でサッカー選手だから。

 親父はサッカーやってたわけじゃなくて、バトミントンをやってました。あんまり褒められたとかはなかったっすね。ただ、褒められはしないけど、とことん練習には付き合ってくれましたね。母さんは逆に何にも言わない。

――お母様のそうした見守りスタンスで、嬉しかったことはありますか?

 ノータッチでいてくれるのが、俺は逆に助かったかな。小中高から今も、勝った、負けた、内容がよかった、悪かったとか、何も言われないのは、家で心地よかったかなと僕は思います。親がかかりきりで言われるよりも、子どもに自分で考えさせてあげるほうが、のびのびやれるのかなと思ったりもしますね。これは僕の経験上です。

下田 ヒロと一緒で、あんまりこう締め付けられるというか、こうやりなさいとか、いろいろ言われすぎると、嫌いになっちゃうかなっていうか、やりたくなくなっちゃうのが、本当、一番最悪だと思うんで。やめちゃうとゼロになっちゃうから。だから、サッカーを好きでいるのが一番大事だと思ってて、“好きこそ物の上手なれ”って、ことわざが本当に当てはまってるなあって思うんです。大人になって、プロの世界でもサッカー好きなんだなって思う選手たち結構いるんですよ。彼らは誰かに言われてやるんじゃなくて、たくさん練習したり、うまくなりたいという気持ちがピュアな感じで出てる。サッカーが好きな気持ちを大事にしてほしいですよね。まあ、親御さんは何か言い過ぎて、子どもの“好き”っていう気持ちを削がないであげてください(笑)。

 絶対あると思うんですよね、それ。

下田 まあ、口は出したくなると思うんですけど、たまには全然いいと思うんですけど(笑)

 そっとしといてあげる勇気ですね(笑)。

――あれやったの、これやったの何やったの?とか、つい親って言いがちです。

下田 そういう感じ結構キツイです(笑)!宿題と同じ感じで、サッカーとかスポーツが義務感にならないように、自然発生的にサッカーしたいなって思うのが一番いいな。

下田北斗(しもだほくと)
1991年11月7日生まれ、神奈川県出身。背番号18。愛称「ほっくん」。専修大学サッカー部時代には関東大学サッカーリーグ3度の優勝を経験。ヴァンフォーレ甲府でプロキャリアをスタート。湘南ベルマーレ、川崎フロンターレ、大分トリニータを経て2023年FC町田ゼルビアへ移籍。J2優勝、J1昇格に大きく貢献。左足から繰り出される高精度のキックは数々の局面を救ってきた。2年連続で副キャプテン。
前寛之(まえひろゆき)
1995年8月1日生まれ、北海道出身。背番号16。愛称は「ヒロ」「ヒロくん」。コンサドーレ札幌のアカデミーからトップ昇格、水戸ホーリーホックからアビスパ福岡へ。福岡ではキャプテンとしてルヴァンカップ制覇、クラブ史上初のタイトル獲得に貢献。2025シーズンにFC町田ゼルビアへ移籍。無尽蔵のスタミナで攻守に関わるボランチ。ジェフユナイテッド千葉に兄・前貴之選手が所属している。
撮影/上樂博之 取材・文/田中 希
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