音楽家・岩城直也さんを
育んだまち、まちだ。
ふるさとで出逢った音、
そして届けたい音
更新日:2026.10.08
作・編曲家、鍵盤奏者、指揮者、音楽プロデューサー 岩城直也さん
作・編曲、指揮、演奏。ジャンルの垣根を越え、さまざまな形で音楽を届けている岩城直也さん。
東京音楽大学在学中に、玉置浩二さんのオーケストラアレンジを手がけたことをきっかけにキャリアをスタート。現在は、NHK「うたコン」番組指揮者を務めるほか、葉加瀬太郎さんをはじめ多くのアーティストのオーケストラ編曲や指揮を手がけるなど、幅広く活躍しています。
そんな岩城さんが育ったのがまちだです。
振り返れば、このまちのさまざまな場所に、音楽家としての今につながる出逢いが。自身の生い立ちから現在の活動、そしてふるさとへの思いまで、じっくりと伺いました。
まちだでエレクトーンを習い、
小学生で作曲も
父親の仕事の関係で、大阪・豊中で幼少期を過ごした岩城さん。3歳頃、自宅近くの小学校で開かれた幼児向けの映画上映会で観たディズニー映画『白雪姫』が、音楽に興味をもつきっかけのひとつになったそう。
「幼稚園に入る頃、家族とともにまちだに引っ越しました。音楽やスイミング、サッカーを習う中で、おのずと音楽が自分のなかで大きな存在になっていったような。幼稚園では、教室にあるグランドピアノに真っ先に駆け寄って弾いたり、友達の前でディズニーの音楽を演奏したりしていたそうです。自分ではあまり覚えていないんですけどね(笑)」
小学1年生からは、長年まちだの音楽文化を支えてきたスガナミ楽器(ヤマハ音楽教室)で、エレクトーンを習い始めます。小学2年生からは、毎年エレクトーンの演奏コンクールに出場したり、自分で作曲して演奏する『JOC(ジュニアオリジナルコンサート)』に出演したりしていました。
そんな岩城さんの音楽との向き合い方を、家族も自然に見守っていたそうです。
「母はいわゆる“教育ママ”という感じではなく、いろんなことを自由にやらせてくれました。『これをやりなさい』ということではなく『やるならやりなさい、やらないならやめなさい』という感じでしたね」
版画美術館、中央図書館、街角のステージ。
まちだで出逢ったたくさんの「音」
振り返れば、このまちのさまざまな場所に、岩城さんの音楽の原点があります。
小学3年生の頃、町田市立国際版画美術館で聴いたジャズピアニスト・塩谷哲さんの演奏も、そのひとつでした。
「こんな小さい子がジャズピアニストのコンサートに来ることはなかなかないと、ご本人も驚かれていたようで。彼のピアノが大好きになって、いろいろな作品を聴くようになりました」
もうひとつは、町田市立中央図書館です。
「母が毎週のようにCDを借りてきてくれました」
と岩城さん。
ジャズ、ラテン、映画音楽。エレクトーンのコンクールで「次はどんな曲を弾こう」と考えるたび、知らない音楽との出逢いがありました。
「中央図書館には本当にたくさんCDがあって。いろいろな音楽を吸収できたのは、そのおかげ。今の自分の“音楽の礎”になっているんだなって、あらためて感じます」
そして、音楽を「聴く」だけでなく「届ける」喜びを知ったのもまちだでした。
小学生の頃には、カリヨン広場や今のぽっぽ町田など、まちなかでエレクトーンのデモンストレーション演奏をしていたそうです。
「当時大きな話題になっていた『冬のソナタ』をはじめとしたTVや映画の音楽から、自分のオリジナル曲まで。通りかかった人が『なんだろう?』って足を止めてくれるのがすごくうれしかったんですよね。今につながる大切な経験です」
「音楽家になりたい」と思ったことは、
あまりなかった
これほど幼い頃から音楽とともに歩んできた岩城さんですが、意外にも「音楽家になろう」と明確に決意した記憶はないそうです。
「気づいたら自分の周りに音楽がありました。嫌いになったことは一度もなくて」
中学・高校ではオーケストラ部でバイオリンを担当。自分で書いた譜面を仲間に渡し、一緒に演奏することもよくありました。
「エレクトーンって、“一人オーケストラ”と言われるくらい、一人でいろんなことができる楽器なんです。小学生の頃にそのおもしろさを知って、今度は本物のオーケストラの中に入った。100人が集まって初めてできる音を、自分もそこで演奏する一人として感じたんですよね。誰かと一緒に音楽をやることに、すごく惹かれました」
将来は音楽に携わることを思い描きながらも、進学先は一般大学か音楽大学で迷っていた岩城さん。高校3年生の5月に音楽大学受験を決め、東京音楽大学へと進みます。
そして大学4年生のとき、歌手・玉置浩二さんのオーケストラアレンジを担当。プロとしてのキャリアの始まりとなりました。
その後、作・編曲や演奏などの仕事を続ける中で、「好きな音楽の原点の場所に行ってみたい」と2019年に渡米。ジャズや現代の音楽教育で世界的に知られるバークリー音楽大学で、映画音楽やミュージカル音楽などを学びました。
「ディズニーはもちろん、『雨に唄えば』のようなミュージカル映画も幼い頃から好きでした。その原点はどこなんだろうと考えたら、やっぱりアメリカだった。20代のうちに行きたいと思ったんです」
作曲は「生み出す」、編曲は「料理する」、
指揮者は「交通整理」、演奏は「届ける」
現在は作曲・編曲・指揮・演奏と、ひとつの肩書きには収まりきらない活動を続けています。
それぞれのおもしろさを尋ねると、岩城さんらしい言葉が返ってきました。
「作曲は、自分からメロディを生み出すこと。その旋律を誰かが口ずさんでくれるって、すごく尊いことだと思うんです」
一方、編曲については「料理に似ている」と話します。
「既にあるメロディを最大限聴かせるために、どう調理するのか。―― どんな世界観にしよう。そのためにはバンドなのか、オーケストラなのか、ピアノ一本なのか。どうしたらハッとしたりキュンとしてもらえるだろう―― 料理を食べていて『この隠し味、なんだろう』と思うことがあるじゃないですか。ああいうレシピを作るような感覚もありますね」
そして、指揮。
「指揮者は、指導者ではなく“交通整理”をする人だと思っています」
目の前には50〜100人という演奏者=音楽家がいる。一人ひとりに、それまで歩んできた音楽人生があり、それぞれに「こう演奏したい」という意思があります。
「そのみんなの意思を交通整理しながら、『ちょっとこっちの方向へ、みんなで行ってみようか』と提案する。ときに誘い込んだり、対峙したり。それが指揮なのかなと思っています」
しかも指揮者は、舞台の上にいながら唯一、自分では音を出しません。
「一人だけ音を出さないんですよ。声も出さないし、楽器もないし。ときどき踊るけど(笑)。でも、動きひとつでみんなが音をいつ・どう出すかが決まる。振り間違えたら一巻の終わりです」
岩城さんの活動にはもうひとつ、大きな柱があります。演奏です。
「音を届けられる幸せは、やはり大きいですね。音選びやタッチ、呼吸ひとつで全然違うものになる。お客さんが今どういう反応をしているのかを感じながら音を紡ぐことができるのも、演奏の醍醐味の一つだと思います」
「目に見えないからこそ、
ロマンがある」
では、岩城さんにとって「音楽」とは何なのでしょう。少し考えてから、こんな答えが返ってきました。
「難しいですよね。いまだに答えが出ていないんです。でも、すごく“時間芸術”だなと思います」
絵画のように目には見えず、料理のように手に取ることもできない。音は生まれた瞬間から消えていきます。
けれど、その一瞬の音が人の感情を揺さぶり、ときには人生さえも変える。
「音って、空気の振動じゃないですか。生身の人間がそこで演奏して、その振動が人に届く。」
「ライブだったらハプニングもあるし、間違えることもある。でも、それも含めて人間が演奏しているということだと思うんです」
AIなどの技術が進み、目を閉じて聴いても本物の演奏との違いがわからないほどの音がつくれる時代になりつつあるけれど、「そこで生身の人間が演奏して音楽が生まれる」という事実は変わらない。
「目に見えないからこそのロマンがあると思うんです」
楽譜も、音そのものではありません。
「楽譜は、あくまで案内なんです。書いてある同じ音符でも、今日弾くピアノと明日弾くピアノでは違うし、弾く人の心持ちでも変わる。聴く人や会場によっても違う。」
「音楽とは何か?と答えられるほどまだ僕は音楽を知らないので、死ぬまでにその答えが見つかったらいいですね」
離れてみて気づいた、
まちの「あったかさ」
アメリカで暮らし、仕事では全国各地を飛び回り、東京都心で生活した時期もある岩城さん。
だからこそ、あらためて見えてきたまちだのよさがあります。
「都心にも近くてアクセスがいい。でも自然もある。わりと“いいとこどり”な気がします。帰ってくると、ふっと落ち着く感じもするんですよね」
さらに、2025年10月には、町田市民ホールでUUMIさん、なかとぅさんらとコンサートを開催。地元から音楽を発信していこうというコンセプトを掲げた公演でした。
「やっぱり自分が育った場所への愛は大きいですね」
その思いの背景には、まちだで出逢い、岩城さんを育んできた人たちの存在もあります。
南第四小学校で6年生の時に担任を務めていた先生は、今も「人生の恩師」と慕う存在です。
「すごく熱い先生なんですよ。『熱い心と冷静な頭脳』をテーマに掲げて指導してくださって。今でも親交があって、数年前までその先生が校長を務められていた学校に、僕が代表を務めるオーケストラを呼んでくださったこともあります」
近所にも、ずっと岩城さんの成長を見守ってくれた人たちがいました。
「家の近くに、靴修理店を営むおじちゃんがいました。小学生の頃、スイミングスクールの帰りにみんなで顔を出すと、決まってドロップをくれて。あれから四半世紀。ずっと、このまちの暮らしに寄り添ってくれていたんですよね」
幼少期から通うスガナミ楽器 町田店の人たちも、今でも「おかえり」と迎えてくれるそうです。
「ありがたいことに、想像以上に皆さん僕のことを知ってくださっていて。都心に住んだり、いろんな場所へ行ったりしているからこそ気づくあたたかさがある。大きな愛だなって思います」
そう話しながら、岩城さんはこう続けました。
「全国各地にお邪魔するけれど、やっぱりまちだは“ふるさと”って言いたいし、言えるなと思います」
「好きにならなくてもいい。
まず、触れてほしい」
子どもの頃、版画美術館でジャズを聴き、図書館でたくさんの音楽に出逢い、まちかどで自ら演奏してきた岩城さん。
だからこそ、これからを担う子どもたちにも伝えたいことがあります。
「いろんなコンサートや映画などに、実際に触れてほしいですね。それを好きにならなくてもいいんです。大事なのは体験すること。『そういえば昔、あんなものを見たな』って、その後の何かにつながるかもしれない。好きなものが見つかったなら、それを“好きでいること”を続けてほしい」
動画やサブスクリプション配信で、家にいながらにして世界中の音楽に出逢える時代。それでも岩城さんは、生身の人間がつくるものを、その場で感じる体験を大切にしてほしいと話します。
「コンサートやライブ、ミュージカル。チケット代は決して安くはないけれど、親御さんには、子どもたちが生の音楽や舞台に触れる機会を、できるだけつくってもらえたら嬉しいですね。まちだにも、身近に体感できる場所がたくさんあります!」
かつてこのまちでさまざまな音に出逢った少年は、今、音楽家としてこのまちの未来を思い描いています。
「まちに育ててもらったという思いや実感があります。まちを挙げて音楽や芸術をもっと発展させていけたらと強く思っています」
最後に、町田市のキャッチフレーズ「いいことふくらむまちだ」にちなんで、「このまちで何をふくらませたいですか?」と尋ねると……。
少し考えて出てきたのは、「音」という一文字でした。
「『音で、いいことふくらむまちだ』かな。まちのあちこちに音楽があって、気軽に触れられる場所が増えていく。そこから、楽しみや人とのつながりがふくらんでいったらいいなと思います」
このまちからたくさんの音を受け取って育った岩城さん。
今度はその音が、岩城さんからまちへ、そして次の世代へと広がっていきます。
PROFILE
1993年生まれ、町田市育ち。色彩豊かな唯一無二のサウンドを創り奏でる作・編曲家、指揮者、鍵盤奏者。Naoya Iwaki Pops Orchestra代表/ミュージック・ディレクター。東京音楽大学作曲科卒業。在学中に玉置浩二のオーケストラ編曲を担当し、八神純子、薬師丸ひろ子、城田優、葉加瀬太郎、小曽根真らの編曲を手がけ、演奏・指揮でも共演を重ねる。映画・テーマパーク・CM音楽の作編曲にも携わる。ヤマハエレクトーンコンクール2014最高位。2019年、奨学金を得て米バークリー音楽大学に留学し、映画音楽やミュージカル制作を学ぶ。2024年よりNHK「うたコン」番組指揮者を務め、Mrs. GREEN APPLEをはじめ、これまでに300組を超えるアーティストと共演。@naoya_iwaki
@NaoyaIwaki
Information
▼岩城直也バースデー公演誕生日当日の12月14日(月)に六本木のジャズライブハウス「alfie」でバースデーライブを開催。昨年に続き、誕生日を音楽とともに過ごすひとときをお届けします。
▼薬師丸ひろ子オーケストラアルバムリリース
薬師丸ひろ子の歌手活動45周年記念アルバム『ORCHESTRAL JEWELS』が、11月21日(土)に発売。
岩城直也が全曲のオーケストラアレンジを担当し、Naoya Iwaki Pops Orchestra(NIPO)と武部聡志のピアノによる演奏で彩ります。
https://www.jvcmusic.co.jp/-/News/A008188/143.html
