支援“する”私と、
支援“を受ける”私。
不安を希望に、輝きに。
更新日:2025.10.16

ことばの相談室 Hopal佐々木美都樹さん
「ことばが伝わらない」。そのもどかしさは、時として人と人との間に、見えない壁を作ってしまうことがあります。町田市で「ことばの相談室 Hopal(ホパール)」を運営する言語聴覚士、佐々木美都樹さん(35)は、その壁を誰よりも深く知る一人です。
ことばの支援を行う「専門家」であると同時に、難病を持つ息子さんと支援を「受ける側」でもある佐々木さん。「支援者の“意図”と、親の“不安”。その間に、こんなにも隔たりがあったなんて」―。専門家と母親、二つの視点を得た佐々木さんはその間に立ち、温かい「架け橋」になる道を選びました。佐々木さんを突き動かす想いと、このまちで活動を続ける理由を伺いました。

言語聴覚士という道を意識したのは、どうしてだったのでしょうか?
「高校時代の知り合いに『側音化構音障害(そくおんかこうおんしょうがい)』という発音の癖が原因で、言葉が不明瞭な人がいたんです。例えば『し』が『ひ』に近く聞こえるなど、特定の音がくぐもってしまう症状で、日本語のはずなのに、話が聞き取れないことが、すごく衝撃で。言葉のキャッチボールがスムーズに進むというのは、日常生活でとても大事なことなんだと感じました。薬剤師である母にその話をすると、『言語聴覚士』という仕事があると教えてもらったんです」
この側音化構音障害は、幼少期の発音の癖の中でも自然に治ることが少なく、改善のためには言語聴覚士による専門的な訓練が必要になるといいます。「最初は通訳のような仕事だと思っていました」と、少しの勘違いはありましたが、言葉の重要性と面白さへの興味は揺るがず、北里大学へ。国家資格を取得し、八王子の病院でキャリアをスタートさせました。そこは、成人リハビリの現場で、病や事故で言葉の不自由を抱えた多くの患者さんと向き合う日々だったといいます。
「話す・聞くというコミュニケーションから、食べることまで、人が生きていく上で不可欠な営みを支えるのが私たちの仕事です。それは人の人生そのものに寄り添い、その喜びを支援させてもらっていることなんだ、と感じていました」
専門家としてキャリアを重ねる中、29歳で出産。息子さんは生まれつきハンディキャップを抱え、医療的ケアが必要でした。これまで「支援する側」だった佐々木さんは、息子さんと共に「支援を受ける側」に。そこで直面したのは、かつて自分がいた世界の、思いもよらない側面だったといいます。

「一番の衝撃は、支援者の意図が、親にうまく伝わっていないことでした。遊びを通して訓練していることが、親から見ると『ただ遊んでいるだけ』に見えてしまう。私も、息子の身体のリハビリを受けていて、『今のこの動きは、何のためにやってるんだろう?』と思っても、遠慮して聞けないことがありました」
専門家でさえ感じる戸惑いや不安。この経験が、佐々木さんの「架け橋になりたい」という想いを強くします。その後フルタイム勤務が難しくなり、市内の事業所で小児の訪問リハビリを続けるうちに、佐々木さんは新たな課題を感じるようになったそうです。
「行政は未就学児への支援が手厚いのですが、就学後にことば・コミュニケーションの支援が手薄になったり、共働きのご家庭が日中の療育に通えなかったり。今の公的な制度だけでは、どうしても零れ落ちてしまう親子がいるんです」
もっと柔軟に、もっと一人ひとりに寄り添いたい。その想いから、「ことばの相談室 Hopal」を開設しました。名前には、特別な願いが込められています。

「『Hope(希望)』、支援の道筋を立てて、不安を希望に変えたい。『Parents(両親)』、悩みの中心にいる親御さんの心を軽くしたい。そして、多彩な輝きを持つ宝石『Opal(オパール)』のように、子どもたちの持つ様々な側面を見つけ、家族みんなの人生を輝かせたい。会いに行ける言語聴覚士ぐらいの気軽さで頼ってもらえたら」
Hopalでは、週末の訪問やオンラインでの相談も行っています。その気軽さから佐々木さんの元には、様々な事情で既存の制度に繋がれなかった親子からの相談が寄せられています。
「実は、私の相談室を利用する方は、町田市外の方が多いんです。それは、町田の公的な療育体制がしっかりしている、何よりの証拠だと思います」


そんな佐々木さんが感じる町田の魅力は、その多様性とのこと。駅前の発展した都会的な顔と、少し離れた場所にある豊かな自然。特に、現在暮らす下小山田エリアでの生活は、安らぎを与えてくれるといいます。
「私の家は小山田緑地の近くで、家から数分歩けば緑が広がっています。福島出身ですが、家の周りだけで言えば今の方が田舎かもしれません。デスクワークで疲れてくるとふらっと緑地へ散歩に出かけて、鳥の声を聞きながらリフレッシュする時間は、欠かせません」
「わざわざ『ピクニックに行くぞ』と張り切るのではなく、『今日の昼寝は小山田緑地にしよっか』という感覚で、テントを張ってお昼寝したりもします。あとは、無人販売所で買うきゅうりが本当においしいんですよ(笑)」

都会の利便性と、すぐそばにある豊かな自然。その絶妙なバランスが、佐々木さんの暮らしと心を支えています。サイトのテーマである「いいことふくらむまちだ」とは何かを尋ねると、迷いのない答えが返ってきました。
「もう、これは『子育て』ですね。自然も豊かで、子どもセンターのような室内で安心して遊べる場所もたくさんある。職員さんや周りの子たちも、息子のことをすごく自然に、優しく受け入れてくれるんです。本当に感謝しています」
日々の「小さな喜び」について伺うと、息子さんとのほっこりエピソードを教えてくれました。
「息子が好きなプラレールを床で走らせるのに邪魔なものを、全部私のところに持ってきてくれるんです。『落ちてましたよ』って感じで、スリッパまで(笑)。可愛くて、しばらく笑っていました」
穏やかな日常の中にある、かけがえのない喜び。佐々木さんがその一つひとつを大切にする背景には、「後悔しないように生きる」という、軸がありました。

「何事も有限だなって。息子が病気を持って生まれたことも、私の実家が福島の南相馬市で、震災を経験したことも大きいです。『いってきます』と出ていった人が帰ってこない現実を、近くで感じてきました。だからこそ、今、家族と過ごせるこの時間は永遠ではない、と噛み締めながら生きています」
「病気で息子がいなくなってしまった未来の私が、今のこの時間にタイムスリップしてきた、と考えるんです。そうすると、目の前にこの子がいる、この時間を大切にしなきゃなって、毎回思えるんです」
ご自身の経験から生まれたしなやかな強さは、佐々木さん自身の未来への眼差しにも繋がっています。
「リハビリを受けたいと思った時に、すぐに予約できて、セラピストも選べるのが理想です。イメージは、美容院の予約サイト。もっと気軽に、自分に合う専門家と繋がれる社会になったらいいな、と」
その夢の実現のためにも、まずは言語聴覚士という仕事の認知度を、特に学生たちに広げていきたいといいます。
最後に、今まさに子育てに奮闘する親御さんへのメッセージをいただきました。
「本当に本当に一人で抱え込まないでって思うんですけど、『何でも言ってね』って言われても、すぐには言えないですよね。それなりにちょっと余裕が出てこないと言えなかったりもしますから。だから、ひとまずみんな、食べて寝て。それで心に余裕がほんのちょっと出てきたら、いつでも頼ってね、と思っています」
取材後、心に残ったのは旧知の友人のような穏やかな安心感。それは専門家と母、二つの視点を持つ佐々木さんだから紡げる言葉の力なのでしょう。Hopalの名に込めた宝石「オパール」のように、困難も喜びも全てがその人だけの輝きに―。佐々木さんは、その温かい光を、親子一人ひとりに、そっと手渡しているようでした。
