ベトナム料理をきっかけに
人と人がつながる居場所づくりを目指しています
更新日:2025.07.31

鈴木きよ さん・隆広 さん
本町田の静かな住宅街の一角に、まるで普通の一軒家のような佇まいのベトナム料理店『風鈴Cafe & Restaurant CHUÔNG GIÓ MACHIDA(フウリンカフェ アンド レストラン チュン ヨー マチダ)』があります。店は、外観も店内も街角のカフェのような雰囲気。ベトナム出身の店主・きよさんが心を込めて作る料理には、一品一品に深いこだわりが詰まっています。

「結婚して10年ほどになりますが、妻には、新婚の頃から『いつかベトナム料理店を開きたい』という思いがありました」
そう語るのは、夫の鈴木隆広さん。平日は障がい者施設で働きながら、週末はきよさんと二人三脚で店を切り盛りしています。
「僕は川崎市麻生区の出身で、当初は地元で物件を探していました。でも、なかなか希望に合う場所が見つからなくて……。そこで範囲を町田市まで広げたところ、この場所に巡り会うことができました。そこからは本当に不思議なくらい、すべてがトントン拍子に進んでいったんです」
麻生区で育った隆広さんですが、お父様は町田のご出身。町田市森野で八百屋さんを営んでいて、現在は従兄弟の方が三代目として店を継いでいるそうです。
「風鈴カフェの近くを通る鶴川街道は、赤ちゃんの頃から父に連れられて、何度も行き来した思い出の道です。伯母の家族は玉川学園に住み、母方の伯父は相模原で長年事業を営んでいます。森野には父の実家の八百屋があり、その三つの場所のちょうど真ん中に、自分たちの店があるような感覚があります。まわりからもあたたかく見守ってもらっているような安心感があり、振り返ってみると、やっぱりこの場所には縁があったのだなと思います」
このまちに感じるのは、
多様性を受け入れる懐の深さ
風鈴カフェがあるのは、小田急線町田駅からバスで約10分、または玉川学園前駅から徒歩で約20分という駅から少し離れた場所。周囲には飲食店も少なく、決して目立つ立地ではありません。
「『風鈴カフェに行ってみたい』『ベトナム料理が好き』と思ってくださる方でないと、足を運んでもらうのは難しいかもしれない。正直、最初はお客さんが来てくれるかどうか、期待半分、不安半分でした」
隆広さんは当時の思いを振り返ります。ところが、実際にオープンしてみると、予想以上にあたたかな反応があったといいます。
「玉川学園エリアにお住まいの方は職種もさまざまで、海外経験が豊富な方も少なくありません。ベトナム料理に親しみのある方が思いのほか多かったことは、とても心強かったですね。一方、初めてベトナム料理を召し上がるというご高齢のお客さまが、バインミーをぺろりと食べてくださったこともありました。フランスパンのようにかたいと思っていたそうですが、サクっと食べられるため、『半分しか食べられないかも』と思っていた方や歯に自信がない方でも、最後までおいしく召し上がってくださることが多いんです。意外と皆さん、ベトナム料理への反応がよかったなという印象があります」

オープン当初は不慣れな対応でお待たせしてしまうこともありましたが、お客様は「いいよ、いいよ」とやさしく声をかけてくださる方ばかり。そんな皆さんの存在が、営業を続けるうえで大きな支えになっていると、きよさんは話します。
「子どもたちがにぎやかにしても、障がいのある方が来店されても、外国の方がいらしても、自然と受け入れてくださる。ここは土地柄もあるのか、多様性を理解し、受け入れる懐の深さがあるように感じます」(隆広さん)

福祉のマインドから生まれた
ゆったり広々のキッズルーム
「店の内装を決めるときに、私たちがこだわったのはキッズルームです。普通の座席だけにすれば、もう少し席数を増やせて、その分お客さんに入っていただくこともできたのですが、あえてそうしませんでした」
きよさんは、そう話します。隆広さんときよさんは、ともに福祉系の大学を卒業し、きよさんも結婚前には日本で福祉の仕事に携わっていました。おふたりとも福祉のマインドを持ち、「将来的にはベトナム料理にこだわらず、誰もが過ごせる居場所をつくりたい」という思いを抱いていたのだそう。
キッズルームにこだわったのも、その一環。子育て中のママたちが安心して足を運べる場所にしたい、そんな願いを込めて、首がすわる前の赤ちゃんがいるママでも、赤ちゃんをそっと寝かせて気軽に食事ができるようなつくりにしています。

住民同士の交流と
新たなつながりを育む場所へ
「僕たちの夢は、地域に貢献するコミュニティーカフェを開くことです。ベトナム料理はそのきっかけにすぎません。たとえば、高齢者の方や障がいのある方の中には、『たまには外食に行きたいけれど、いろいろ考えるとつい躊躇してしまう……』、そんなお気持ちを抱えている方もいらっしゃると思います。だからこそ、当店は『ここなら行ってみようかな』と思ってもらえるような、やさしくてあたたかい場所でありたいと思っています」
店の入口はスロープ付き。トイレとキッズルームの間には壁を設けて、プライバシー空間を大切にしつつも、車いすの方と介助者が一緒に通れる広さを確保しています。大学で地域福祉を学んだ隆広さんは、「誰にとっても過ごしやすい場所にしたい」という思いから、こうした空間づくりにこだわったと言います。
「障がいの有無に関わらず、小さいお子さんからご高齢の方まで、自然とここに集まり、住民同士の交流や新しいつながりが生まれる場になればいいなと思っています。文明の利器を使って、二次元コードで注文をとることもできますが、妻も僕もホールに出て、お客様と直接会話することを大切にしています。わからないことはその場で聞いてもらったり、ちょっとした豆知識を話したり、会話を楽しんだり。そんなやりとりの中から、少しずつ関係性を築いていけたらうれしいですね」(隆広さん)

実は、きよさんにはもうひとつ夢があります。それは、ベトナム雑貨や焼き物を本国から取り寄せ、店でマーケットを開くこと。
「店では、取り皿にソンベ焼きという陶器を使っています。これはベトナム南部で作られている伝統的な焼き物で、手描きの絵柄が特徴です。私が小さい頃は、こういった食器が家にあって、とても懐かしい気持ちになります。一時は、あまり見かけなくなっていましたが、最近また見直されるようになって、若い世代の間でも人気が出てきているんです。焼き物が好きな日本の方の中には、ベトナム南部を訪れたときに、ソンベ焼きを探す方もいるほど。絵柄もかわいらしいものがたくさんあります。少し時間ができたら、ベトナムの伝統的なものや新しいブランドを探しにベトナムを訪れ、日本に持ち帰って、店で紹介できたらいいなと考えています」(きよさん)
ベトナム料理でつながる
親子料理教室&地域コラボ計画
コミュニティ作りを視野に入れて活動しているおふたりは、今後、ベトナム料理を生かした親子の料理教室やワークショップ、地域の飲食店とのコラボレーションなど、さまざまなイベントの実現を目指しています。
「玉川学園エリアや町田市内の皆さんと、それぞれの力を持ち寄りながら、地域を盛り上げていきたいと考えています。店を構えたことで、『コミュニティを育てたい』という思いを抱く方々と出会い、町田には熱い思いを持った方がたくさんいることを実感しました。そうした方々とつながりながら、これからさらに地域のつながりを深めていきたいと思っています」
そんな思いを込めて、おふたりが町田市のキャッチフレーズ「いいことふくらむまちだ」に添えてくれた言葉が、「だれもがつながれる」です。「だれもがつながれる、いいことふくらむまちだ」。その一言には、地域へのやさしいまなざしがにじんでいました。
