日本パラ射撃で初!
パリで銅メダル獲得の水田光夏選手。
競技の魅力は達成感。
「もっと多くの人に伝えていきたい」
更新日:2024.10.03
水田光夏さん
町田市在住のパラ射撃選手、水田光夏さん(白寿生科学研究所所属)がこの夏、フランスで開催された第17回パリ2024パラリンピック競技大会に出場。混合10mエアライフル伏射競技で、見事に銅メダルを獲得しました。東京大会に続く2回目の出場で日本パラ射撃界で初というメダル獲得の快挙。帰国後、市内にある行きつけのネイルサロンで大会の様子や競技の魅力などを伺いました。
水田選手が出場した射撃の混合エアライフル伏射競技では、選手は車いすに取り付けた専用のテーブルに両肘を乗せ、10メートル先にある的を狙い、決められた数の弾を撃ち、得点を競います。水田選手は、男女合わせて37人が参加した本選で6位にランクインし、日本人選手として唯一、上位8人によるファイナル(決勝)へと進出しました。
「今大会に向けた目標は、まず何と言ってもファイナルに進出することでした。私自身、過去の大会で悔しい思いをしてきたので、今回はメダルを狙うというよりも、まずはその前段階であるファイナル進出を達成することが最重要課題でしたね。もちろん、メダルを取ることができればそれは素晴らしいことですし、結果としてメダルが取れた時は本当に驚きました。ただ、まずはその一歩を踏み出すためにファイナルを目指して挑んだ大会でした」
ファイナルの結果は232.1点をマークして見事に銅メダル。この競技で日本勢の表彰台は初めてのことでした。日本でもネットをはじめ、テレビや新聞で大きく取り上げられました。
「本当に驚きました。もちろん嬉しかったですし、メダルという形で結果が出たことはとても誇りに思います。ただ、正直なところ、メダルを取れるとは思っていなかったんです。メダルを手にした瞬間は、『え、私が?』という驚きが先に来ましたね。でも、やはりその驚きの後には、じわじわと嬉しさが込み上げてきました。振り返ってみると、本戦でのパフォーマンスにはまだまだ改善の余地があると感じています。点数的には普段より少し低かった部分もありましたし、結果としては良かったものの、自分の中で『これで完璧』とは思えない部分が残っています。それが次に向けたモチベーションにも繋がっていますね」
この経験を次の挑戦への動機付けとして、さらなる向上を目指している水田選手。そもそもいつ、どのような経緯でこの競技に出会ったのでしょうか。
「高校卒業が見えてきて、将来について色々と考えていた時期でもありました。それまで私はクラシックバレエやピアノといった芸術的な活動に熱中していましたが、車椅子の生活になってからはそれを続けることが難しくなったんです。その時に母が『何か新しいことを始めてみたら?』と勧めてくれたんです。ちょうどその頃、東京でパラリンピックが開催されることが決まり、新しい挑戦をするには絶好のタイミングでした。いくつかのスポーツ体験会に参加する中、ある講演で田口亜希選手の話を聞いて射撃のことを知り、興味を持ちました。それで初めて射撃を体験した時、偶然にも弾が真ん中に当たったんです。それが私にとって大きな転機でした。『面白い、もっとやってみたい!』という気持ちが湧き上がり、そこから本格的に射撃を始めることになりました」
困難な状況の中で新しい道を見つけ、それが人生を大きく変える転機に―。その瞬間のことは今でも鮮明に覚えていて「あの時の感覚がなければ、ここまで続けられなかったかもしれません」とも話します。競技を始めて10年近くになる中、その魅力は何だと考えているのでしょうか。
「射撃の魅力は、初めのうちはやはり弾が当たった瞬間の達成感や爽快感でした。的の真ん中に弾が当たった時は、本当に気持ちが良いですし、集中して狙った結果が目に見える形で返ってくるので、その快感が一番のモチベーションでした。ただ、続けていくうちに、本当の魅力に気付くことができました。それは、自分の体と向き合い、集中力を研ぎ澄ますことで生まれる心の静寂です。構える姿勢や呼吸のコントロール、リラックスした状態を保つことが非常に重要なんです」
射撃を続けていく中で、その奥深さが明らかに。単に弾を的に当てるだけの競技ではなく、心身のバランスや微細な動作の正確さが重要であることがわかっていったそうです。集中力や技術だけでなく、精神的な安定や体調管理も的中率に大きく影響を与える要素。これらを総合的に考慮することで、射撃は水田選手にとって単なるスポーツを超え、心身を磨くための深い探求の場となっていったようです。
「トレーニングは、実際に弾を撃つこと以上に、体の使い方や感覚を磨くことに重点を置いています。実際、弾を撃たない日も結構あります。私が大切にしているのは、銃を構える姿勢を確認することや、引き金を引く瞬間の感覚をしっかりと覚えることです。引き金を引く動作は、とても繊細なものです。ほんのわずかな乱れでも銃の軌道がずれてしまい、狙った場所に当たらなくなってしまいます。ですので、私は『引き金を丁寧に引く』という動作を繰り返し練習しています。特に、引く時の指先の感覚が非常に重要で、その感覚を磨くために鏡を使って自分の動きを確認しながら練習することも多いです。また、集中力を保つための方法として、私は1発1発の瞬間に集中するようにしています。私の種目R5では、60分で60発を撃つことが求められるのですが、60分間ずっと集中するのは非常に難しいです。ですので、私は弾を入れてから撃ち終わるまでの短い時間にだけ集中し、その集中力を繰り返すという方法を取っています。このやり方は、集中力を長時間保つことが苦手な私にとっては非常に有効です」
水田選手が話す通り、射撃においては、技術や集中力に加えて、試合に向けたメンタルの準備も大切。選手それぞれが、自分に合った方法で集中力を高めたり、リラックスするための工夫を取り入れています。その一環として、見た目や気分を整えることが、試合への気持ちの切り替えに役立つこともあるそうです。例えば、ネイルや髪型といった外見の変化が、自信や集中力を引き出す大切なスイッチになることも。
「ネイルや髪の色を変えることは、私にとって非常に大切なルーティンの一つです。特に試合前には、決まったデザインのネイルを施すことで、試合への準備を整えています。私が好んでいるのは、黒、ピンク、シルバーの組み合わせで、特にピンクは私の定番カラーなんです。試合前のネイルは、単におしゃれの一環ではなく、私にとって試合モードに入るためのスイッチでもあります。ネイルを施すことで『これから試合だぞ』という気持ちに切り替えることができ、自然と集中力が高まります。特に気に入っているのは、銃を構えた時に見える自分の指のネイルデザインです。毎回、好きなキャラクターやモチーフを入れてもらうのですが、それを見るたびにリラックスできますし、試合中でも心の安定を保つことができるんです。」
ピンクの髪、ピンクのネイルで試合に臨むことから射撃の世界では「ピンク・ミカ」と知られています。パラリンピックの際のネイルデザインは、水田さんが「推し」だと語るBT21の「うさぎのCOOKY」でした。(※BT21:防弾少年団(BTS)とLINE FRIENDSのコラボレーションにより誕生したキャラクターブランド )
「私が通っているネイルサロンは町田にあるお店で、スタッフさんとの信頼関係も深く、毎回『今日はどんなデザインにしますか?』と聞かれると、『ピンクで!』と答えると、私の定番のピンク(ベルサイユピンク)を出してくれます。試合前は『大会仕様でお願いします』と伝えるだけで、素敵なデザインに仕上げてくれるんです。ネイルが完成した瞬間、試合への準備が整ったな、と実感できます。それが私にとって一つのモチベーションになっているんです」
試合前の準備は、メンタル面だけでなく、こうしたルーティンを通じて心を整えることも重要。お気に入りのネイルやデザインが仕上がると、試合に向けた気持ちも自然と高まるそうです。小さなことですが、こうした習慣が自信や集中力を引き出すきっかけに。そして、今回はこのような準備の成果として銅メダルを獲得。さて、これからはどんな挑戦を続けていくのでしょうか。
「大きな目標は2028年のロサンゼルス大会ですね。ただ、パリ大会が終わったばかりなので、正直まだ気持ちの整理がついていない部分もあります。それでも、次の目標に向けて一歩一歩進んでいかなければならないと感じています。パラリンピックはもちろんのこと、それ以外にも国内外の大会が年間を通じて多く開催されます。全ての大会に出場するかどうかはまだ分かりませんが、連盟から派遣される大会にしっかりと備えて臨みたいと考えています。特に、パラリンピックに出場するためには、それ以前のワールドカップや世界選手権で確実に結果を残しておく必要があります。そういった意味では、目の前の一つ一つの大会を大事にして、着実に自分の技術を磨いていくことが重要だと思っています。次に向けての課題や改善点も多くありますので、それを一つずつクリアしながら前進していきたいですね」
次の目標に向けて着実に歩みを進める一方、競技そのものの魅力を広めることも重要な役割だと感じているそうです。パラリンピックを通じて多くの人に射撃に興味を持ってもらえたことは、大きな喜びだったそうで、競技の結果だけでなく、射撃というスポーツの普及にも貢献したいという思いが強くなったと言います。
「射撃という競技自体をもっと多くの人に知ってもらいたいという気持ちはとても強いです。今回のパリ大会では、YouTubeなどを通じて多くの方に射撃を観ていただけたことが非常に嬉しかったです。『射撃ってどんな競技?』と思っていた方たちが、実際に試合を観て、『面白そうだな』と感じてくれたという声を耳にした時は、本当にやって良かったなと感じました。今後もっと多くの方にこの競技を体験してもらいたいと思っていますし、実際に体験会などを増やしていくことで、射撃というスポーツの存在を知ってもらう機会を増やしたいです」
町田生まれ、町田育ちの水田選手。大学は「地元」桜美林大学の出身です。今も町田で過ごす時間は多くあります。競技の合間や病院の帰りには、南町田グランベリーパークによく立ち寄り、カフェを楽しんだり、スポーツ用品を見たりするのが私の日常のリズムになっているそう。リラックスする時間が、競技に集中するためのエネルギーにもつながっていると感じています。
「グランベリーパークは病院の帰りに立ち寄ってカフェで一息ついたり、スポーツ用品を見たりすることが多いですね。私が射撃用のインナーを探す時は、グランベリーパークのスポーツショップをよく利用しています。また、ネイルサロンや美容院も町田で通っています。美容院では大会前に髪をピンクに染めてもらうことが恒例なんですが、それが私にとってはリラックスのひとときです。日常のリラックスやモチベーション維持も、競技に臨む上で非常に大切な役割を果たしていると思います」
競技で優れた成績を残すだけでなく、競技の普及に努めていきたいという水田選手。そんな「射撃」を通じて伝えたいメッセージがあると言います。
「これからの競技生活では、もちろん次の大きな目標であるロサンゼルス大会に向けて努力していきたいですし、ワールドカップや世界選手権などでも結果を残せるよう、日々の練習に取り組んでいきたいと思っています。しかし、それだけでなく、射撃という競技の魅力をもっと多くの方に伝えていきたいという思いも強くあります。射撃は、原則的としては健常者も障がい者も同じルールのもとで行われており、さまざまな工夫をすることで、どのような方でも例外なく楽しめるスポーツです。また、若年層から高齢層まで、年齢に関係なく『生涯楽しめるスポーツ』であることが魅力です。射撃は、私に様々な人との出会いをもたらしてくれました。もし射撃をやっていなければ、出会うことがなかったであろう人たちとの交流が、私にとっては大きな財産です。射撃という競技を通じて、多くの方がこの素晴らしいスポーツを知り、楽しんでもらえたら嬉しいです。私自身もそのために何ができるかを考え、活動を続けていきたいと思います」