19歳の写真家・藍沙さんが見つけた
カワセミが舞う薬師池公園、
”すぐそばの奇跡”
更新日:2025.11.13
動物写真家藍沙さん
カメラを手に野鳥を追いかける19歳の動物写真家・藍沙さん。紅葉とカワセミが共演する薬師池公園を中心に、「身近な自然の美しさ」を伝え続けています。その視線の先にあるのは、特別ではない日常の中に潜む奇跡の瞬間でした。
恐竜展で芽生えた、
シャッターを切る喜び
カメラとの出会いは、藍沙さんが小学校2年生のときに訪れました。
「お父さんが恐竜展で私の写真を撮ろうとしていて、『貸して!』とカメラを奪ったのが最初でした。巨大な恐竜が小さなカメラの中に収まるのが、子どもの私にはとても不思議で。夢中になって走り回りながら撮っていました」
報道ジャーナリストである藍沙さんの父にとって、カメラは大切な商売道具。「小さな私が自分の顔の大きさほどもある大きなカメラを持って走る姿に、きっとハラハラしたと思います」と、藍沙さんは笑います。
その姿を見て、「この子はカメラに興味があるのかもしれない」と感じた父は、翌年、フィンランドに電話をかけ、サンタクロースに富士フイルムのミラーレス一眼・XE2をオーダーしました。そして、クリスマスの日、「サンタさんからの贈り物」として、カメラが藍沙さんのもとに届きます。
「その日以来、動物園に通って撮影を続けました。実はその頃から、鳥たちが飼育員の腕を行き来するバードショーを撮っていたんです。それもあって、野鳥撮影に慣れるのが早かったのかもしれません」
鳥の目線で、鳥の気持ちで。
自分のフォームで世界を切り取る
動物園で鳥を撮るうちに、藍沙さんは次第に野鳥撮影にのめり込んでいきました。そのきっかけとなったのが、町田市の市の鳥でもあるカワセミです。
「カワセミは珍しい生き物で、めったに会えないというイメージがあったし、撮るのは難しいだろうなと思っていたんです。ところが、小学校5年生のある日、撮影に出かけたら、わずか5分ほどで目の前に現れて、すぐ近くの枝に止まってくれて。こんなこともあるんだと思い、撮影って楽しい!と感じました」

その後、藍沙さんが撮った野鳥の写真を父がSNSに投稿したところ、動物写真家の小原玲さんの目にとまり、「センスがあるね」と声をかけられます。それをきっかけに、小学校5年生の冬、藍沙さんは父とともに小原さんとそのお弟子さんたちに同行し、北海道へ。真っ白な雪の中で、シマエナガの撮影に挑みました。
「小原さんには、『鳥の目線になって撮りなさい』と教わりました。『鳥が低い場所にいるなら、自分も地べたに這いつくばって、同じ目線の角度から撮る。鳥も生き物だから、いつもその気持ちを考えて撮りなさい。自然の中では、私たちがお邪魔している立場なのだから、追いかけ回したり、驚かせたりしてはいけないよ』と」
その教えを受けたのは、撮影初日の夜のこと。翌日から藍沙さんは、みるみるうちに腕を上げていったといいます。

その言葉を今でも大事にしているという藍沙さんの撮影スタイルは、独創的です。オートフォーカスの追従モードは使わず、AFロックボタンをタイミングよく押しピントを合わせる。三脚も使わず、手持ちでカメラを構えるのが基本です。
「カメラに頼らず、自分の反射神経で勝負したいんです。オートで外すと“カメラが悪い”と言い訳できますけど、手動なら“自分の力が足りなかった”と反省できる。だから毎回が真剣勝負です」

周囲の大人からは「そんな撮り方は無理だよ」「三脚を使わないなんて」と言われることも多かったそうです。それでも藍沙さんは、自分の感覚を信じて撮り続けてきました。独自の撮影スタイルは、常識から見れば“型破り”。けれどその芯の強さが、写真をより生き生きとしたものにしています。
「言われたことはちゃんと聞きます。でも、それが自分に合わなかっただけなんです」と笑う藍沙さん。そんな彼女の背中を、いつも温かく見守ってくれていたのが父でした。
「子どもが試行錯誤して見つけたやり方なら、無理に直さなくていい」
その言葉があったからこそ、藍沙さんは自由に、のびのびと自分の感覚を伸ばすことができたのです。
まるでイチロー選手の振り子打法のように、周囲に否定されても“自分のフォーム”を貫く強さ。そのブレない心こそが、藍沙さんの撮影スタイルを育ててきました。

紅葉とカワセミを撮るなら、
町田は都内でもトップクラス
彼女がよく訪れるのは、四季折々の表情を見せる薬師池公園です。小学生の頃から通い続け、初めて訪れたときも、すぐにカワセミを撮影できたといいます。
「紅葉とカワセミを一緒に撮れる場所って、実はほとんどないんです。そもそも池の近くに紅葉がある場所自体が少なくて、そこにカワセミがとまるなんて、本当に奇跡みたいなこと。薬師池は、その“奇跡”が起きる数少ない場所だと思います」
父も「紅葉とカワセミを撮るなら、薬師池は都内トップクラス」と太鼓判を押します。藍沙さんが最初に撮ったのは、たいこ橋の近くにあるやくし売店そばの池辺。真っ赤に染まった紅葉と、青く輝くカワセミが並んで写ったその一枚は、今でも印象に残っているといいます。
「薬師池には年間を通してカワセミが姿を見せることが多く、だいたいいつ訪れても、どこかにいるんです」と藍沙さん。カワセミが葉陰に潜んでいるのを見つけたときには、空気椅子の姿勢でプルプルしながらシャッターを切ることもあるそうです。
「自然はこちらの都合で動いてくれません。でも、だからこそうまく撮れたときの喜びが大きい。野鳥撮影では声を出せないので、うまくいったときは静かにガッツポーズしています」
藍沙さんは、カワセミを「美人なモデルのよう」と表現します。
「そもそもカワセミって、それだけで本当に美しい生き物なんです。人間のモデルさんもそうですよね。もともと美しいけれど、撮る側は“どうすればもっと魅力的に写せるか”を考える。だから、その気持ちをカワセミにも取り入れています。カワセミはそれだけで美しい存在だけど、そこで満足せずに、背景や構図、色の配置をいろいろ工夫して、“美しい顔を、より美しく”見せたいという気持ちで撮っています」
薬師池公園で見つけた、
すぐそばの美しさ
藍沙さんが薬師池公園に惹かれる理由は、人と自然の距離の近さにあります。
「薬師池公園のカワセミは、もともと来園者数の多い公園で暮らしているせいか、あまり人を怖がらないんです。人間のことをただの岩くらいに思っているのかもしれません。人がいても、「あ、また人がいるな」くらいの感覚で見ている気がして」
「人のほうも同じで、『ああ、今日もカワセミがいるね』と当たり前のように言える日常がある。人も鳥も、お互いに緊張しない隣人感があるのは、とても大事なこと。そうでないと、すぐに逃げてしまったり、表情が怯えていたりしますから。でも、ここでは、リラックスしている姿を撮ることができます」
藍沙さんの目には、薬師池の水面に映る紅葉も、散った花びらが水面に広がってできる桜のカーペットも、すべてが“見逃せない瞬間”として映ります。
「私は撮影で“色”をとても大事にしています。カラフルな世界を見るのが好きで、紅葉の赤や黄色、水面に映る青や緑。その組み合わせが自然の中で生まれる瞬間に、心が動きます」
そして、そんな感覚が生まれたことこそが、藍沙さんにとって何よりの収穫でした。
「自然と野鳥を一緒に撮るようになってから、春は桜、夏は新緑や鳥たちの子育て、秋は紅葉、冬は冬鳥の訪れ……、一年の中にこんなに素敵な瞬間があることに気づきました。普段は誰も気にしないような落ち葉や、水面の色の変化に目を向けられるようになったのは、一番の財産です。カメラを通して、小さな変化に気づけるようになってから、“世界はこんなに美しいんだ”と実感できるようになりました。しかもその美しさは、遠くのどこかではなく、すぐ身近なところにあるんです。もちろん、ここ薬師池公園にも」
叶えたい夢は、
町田で自分の作品を届けること!
藍沙さんにとって、町田は何度訪れても新しい発見がある特別な場所です。薬師池公園や、桜の季節に訪れる恩田川など、自然と人の距離が近いまちだからこそ、季節ごとに違う表情を見せてくれる。そんな風景に惹かれ、「この場所で、自分の作品を届けたい」という思いが芽生えたといいます。
「いつか、薬師池公園で写真展を開いてみたいと思っています。ここで撮った写真を、同じ場所で見てもらえたら、とても意味のあることだと思うんです。カワセミだけではなく、カルガモやカイツブリなど、さまざまな鳥たちの姿を通して、身近な場所にある四季の移ろいを感じていただけるような展示にしたいなって」
藍沙さんが町田市のロゴマークに添えたのは、「身近な自然で、いいことふくらむまちだ」という言葉。
「ほどよく都会で、ほどよく自然が豊か。撮影帰りにおいしいピザを食べてひと息つける。そんなバランスの良さも町田の魅力です。野鳥撮影にかかわらず、お散歩で薬師池公園を訪れる人たちも、いつもより少しだけ目線を上げて、空を見てみてください。あるいは足もとを見てください。その視点の中に、きっと新しい発見があります。自然は、すぐそばにいる“ご近所さん”。その存在に気づくだけで、毎日がちょっと楽しくなると思います」
身近な自然の中で心を通わせ、シャッターを切る彼女の姿は、このまちの自然や人のぬくもりをそのまま写しているようでした。

PROFILE
2006年、東京都生まれ。動物写真家の小原玲氏に師事し、小学校5年生から野鳥を撮り始める。富士フイルムフォトサロン東京で歴代最年少個展を開催。全日本写真連盟「日本の自然」コンテスト朝日新聞社賞受賞。第37回「日本の自然」写真コンテストで朝日新聞社賞を受賞。テレビ朝日「博士ちゃん」、NHK「ワイルドライフ」「沼にハマってきいてみた」、テレビ東京『東京交差点』等に出演。@aiiishaphoto
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